2009年10月11日

これが執着心というものか?

自分でも少々神経質かもしれないと思いながら、いつも財布の中にはキレイなお札を奥に仕舞い、汚いお札をすぐに使う手前側に持ってくる様にしている。
裏表上下もキチンと揃えるし、当然、財布はお札を折らずに収納できる長財布である。
ちょっとした買い物で一万円札とか五千円札を使った時に、汚いお札がお釣りとして返って来ると悲しくなってしまう。

なぜかと言うと、お金に対する敬意を忘れたくないからである。
私はどちらかと言うと、お金はあればあっただけ使う方だし、もっとたくさんもらって、もっとたくさん使いたいと常に思っている。
それでも、お金は丁寧に扱いたい。

だって、大多数の人にとってお金は、下げたくない頭を下げたり、地味で細かい作業を続けたり、危険で汚い現場で働いたりして得た大切な物であろう。
そんな大切なお金を、ポケットに突っ込んでクチャクチャにしたりなんていうのは忍びないと思うのだ。

確かにお金はそれ自体に価値があるわけではなく、それと引き換えに得られる何かの方に価値があるわけで、考えようによっては“ただの引換券”と言えなくもない。
言えなくもないのだが、本当にそういうものだろうか。

コンビニで、端っこが折れ曲がってしわくちゃになった千円札をお釣りで受け取った時、これの元の持ち主はどういう気持ちでお金を見ているのか、とても不思議な気持ちになるのである。
posted by Kei at 18:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ボクは、財布ふたつもバッグに入れてるのに!
お札は、ジーパンの後ろポケット。
小銭は前ポケット。

一応、マネークリップなんだけど、たまにしわくちゃ。

お金自体になんの興味も執着もないんだよね〜
ポケットにいくら入ってるのかも知らないもん。

稼ぐ事には興味あるけど。
Posted by imagio壱号機 at 2009年10月11日 18:49
お金は大事に扱わんといかんよ。
人の手に渡る物だからさ。

と、思う。
Posted by Kei at 2009年10月12日 23:07
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